熱中症の経験、反省

私は人生で2度の熱中症を経験しました。

どちらも高校時代の話なのですが、

それから10年以上経った現在でも当時の記憶は鮮明に覚えています。

 

ただ、覚えているのは熱中症で倒れる直前までです。

一度倒れてしまってからは、体の調子を取り戻すまでの間の記憶が曖昧でほとんど覚えていません。

 

私の今までの人生の中で、記憶が曖昧になったのはこの2度だけです。

1度目は高校2年生の夏でした。

当時私はテニス部に所属しており、また地域でも強豪校と言われる部活でした。

入部当初、新入部員の半数が初心者でもう半分はテニス経験者でした。

初心者組だった私は一生懸命に部活動に取り組んでいました。

当時まだまだ古い考え方の人が多い時代でしたので、

私の部にも、部活動は苦しいきついことが美徳と考えるOBや顧問がいました。

 

私が熱中症になったのは、そんな部活動の夏合宿の最中でした。

たくさんのOBの参加する合宿で、出発前OBたちは

「過呼吸で倒れるまでしごく」「疲労骨折で運ばれることもあった」

等と嬉々として語っていました。

今考えると、先輩をアピールしたいこともあり、少し誇張した内容だったかとは思いますが、

事実過呼吸で倒れる人は何人かいました。

 

私は初心者組だったこともあり、体力面では負けないようにと考えていました。

また自分の体力にも自信があり、どんな練習内容であろうとやり遂げる自信がありました。

 

実際練習が始まると大多数の人はついてきていましたし、私も当然のようにこなしていました。

しかし、本当に突然、真夏の屋外にも関わらず寒気を感じたのです。

気のせいかと思った次の瞬間には視界が真っ白になり、膝と手をついて立てなくなりました。

しかしそれを見て檄を飛ばすOBや顧問。

声も出せない状況で懸命に首を振って緊急性をアピールしました。

少ししてようやく心配になった仲間が助けてくれましたが、私はそのまま車で病院へ直行となりました。

結局熱中症と診断を受けました。

 

2度目は高校3年生の夏、部活動が終わり帰宅してトイレに入った時です。

その日はいつも持って行っていた水筒を家に忘れていました。

のどの渇きを我慢しながら帰宅して、トイレに入った瞬間にまたあの時と同じ、

視界が白くなっていくのを感じました。

2度目ということで、立てなくなる前にリビングに戻り、親に緊急性を伝えました。

結局数分安静にしていたらすぐに回復しました。

親の慌て具合とは対照的に自分は落ち着いていたことを覚えています。

 

一度経験したため冷静に対処することができましたが、やはり一瞬は焦りがありました。

色々学んだ今はわかりますが、どちらの時も水分補給が全然足りていませんでした。

今では家族や周りの人間にも話をして、夏には十分すぎる注意を払っています。

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